読書レビュー「金澤翔子、涙の般若心経」金澤泰子 ダウン症の天才書家の奇跡の軌跡を母親が記したエッセイ本!メッセージに共感&しびれる!

読書レビュー「金澤翔子、涙の般若心経」金澤泰子 ダウン症の天才書家の奇跡の軌跡を母親が記したエッセイ本!メッセージに共感&しびれる!

ダウン症の息子Uが産まれてから約2年間でダウン症関連の書籍を50冊以上読んだ僕が、

その一つ一つを紹介していく読書レビューコーナー!今回はコレ!!

ダウン症の天才書家・金澤翔子さんの奇跡の軌跡を母親の泰子さんが記したエッセイ本です!

様々なエピソードに涙したり、心傷めたり、ほっこりしたり、心が温まってジーンときたりして、
最後のメッセージになまら共感してしびれる1冊でした!

「金澤翔子、涙の般若心経 ダウン症の赤ちゃんが天才書家と呼ばれるまでの奇跡の物語」金澤泰子/世界文化社(2013)

ダウン症界では言わずもがなの有名人!天才書家の金澤翔子さんの奇跡の軌跡を
母親の泰子さんが記した本書。

これまで翔子さんの書をメインに、
泰子さんが解説やエピソードを添えている本は何冊か読んだことはあったけど、

読書レビュー「お母様 大好き」「翔子の書」金澤翔子・金澤泰子/ダウン症の書家の愛溢れる書と親子関係に魅了される本

エッセイメインの本は初めて読みました。詳しくレビューします!

金澤翔子さんが産まれる前と、産まれた時

千葉県で書道や剣道を教える両親の元に生まれ、田舎で伸び伸びと育ち、
大学入学で上京してからは、文化人が集うサロンに出入りし
芝居やフランス文学に親しみ、三十歳で銀座に文化的なサロンを開き、
作家や画家、歌人の方と交流し、
夫とは趣味の「能」を通じて知り合ったという翔子さんの母・泰子さん。

「知的でないものは、美ではない」などとうそぶいていた彼女に
知的障害のダウン症の子が産まれてきたことでどん底に…。

帝王切開で産まれてすぐにダウン症であることのみならず
血液に細菌が入って全身に回ってしまう肺血症を起こしていてすぐに交換輸血!

帝王切開の麻酔で意識が戻っていない母の知らないところで
「ダウン症です。知能が無くて、たぶん歩けないでしょう。
交換輸血までして助けますか?」と医師に聞かれ、
「自分の血液を使って生かしてください!」と翔子さんの命を救ったお父さん。
アッパレ!

産まれてから45日間救急病院のカプセルの中に入れられていたという翔子さん。

同じ部屋にいる子はみんな明らかに重い障害をかかえていたり、
一目でダウン症と分かる子もいて、自分なりに本で調べて
ダウン症の可能性に気づいた母泰子さん。
思い切って医師に聞いてみるとあっさり「そうです」と告げられたのだとか。

夫は産まれた直後に知らされていたことを知らず夫にいつどう伝えようか?
と悩む泰子さんと、逆に泰子さんにどう伝えようか?と悩む父・裕さんが、
翔子さんがダウン症だという事実を夫婦で共有するまでには
2ヶ月以上もの時間がかかったんだそうな。

ダウン症の我が子を両親や家族・親戚がどう受け止めて、どう受け入れるか問題

さらに

翔子がダウン症であることをそのまま受け入れてくれたのは主人の母だけでした

と記されていたけど、

我々のようにダウン症の子を持つと、
まずは両親がどう受け止めて受け入れるか問題と、
次にお互いの両親や親戚、親しい人がどう受け止めてくれるか問題がある。

僕の場合は、息子が産まれた翌日にすぐにYOSAKOIソーラン祭りのため
北海道に行ってしまったけど、

ダウン症の息子が産まれた翌日のこと(2018年6月8日)~YOSAKOI家族と、妻との出逢いのことも…

ダウン症の疑いがあることがわかるとすぐに妻は電話で知らせてくれたし、
そのことを北海道の両親や双子の朋樹にも躊躇なくすぐに伝えられたし、
前向きに受け止めてもらえて幸せだった。

妻の兄姉はそもそも妻と一緒に真っ先にそのことを伝えられた場にいて、
妻の両親には妻が少しタイミングを見計らいながら伝えたけど、
みんな最初から後ろ向きには捉えないで前向きに受け止めてくれたのは
本当に今でも感謝。

ダウン症の息子が産まれた2~3日後のこと(2018年6月9~10日)~転院と染色体異常の疑い

思春期に突入しかけていた娘への伝え方、伝えるタイミングは
ものすごく丁寧に見計らって、ものすごく丁寧に準備をして伝えたけど、
すごくいい形で受け止めてくれたと思う。
(この件については「気になる!」「早く書いてほしい」とリクエストも頂いているので、なるべく早めにまとめたいと思います。
コロナ禍で仕事が全くなくなり時間ができて始めたこのブログですが、案外忙しさが戻ってきて嬉しい限りです…。
気になる方にはお待たせしてしまいすみません…。)

こうしたダウン症関連の体験談、エッセイ本などで、
両親や親戚にうまく受け入れてもらえない例を見ると気の毒になるけど、
うちは幸いそんなことはほとんどなかったことに今でも感謝、感激です。

…と、僕の話はさておき。

金澤翔子さんのご両親の場合…

母の泰子さんは一緒に死ぬことばかり考えていたというけど、
父の裕さんは「ダウン症だからといって、なんでもないじゃないか。普通と変わらない」と確固としていたそうな。

その後の金澤翔子さんの生い立ち

〇幼稚園やピアノ教室になかなか受け入れてくれるところが見つからなかった話
などもあったけど、よい保育園に巡りあえたこと。

〇その後、小学校は普通学級に入れたけど
三年間毎日歩いて通った保育園に行く道の途中にある小学校まで、
最初だけじゃなく卒業するまで、六年間ずっと手を繋いで通学しろと言われた話。

〇2歳から水泳教室に通っていて慣れてるのに
学校のプールでは絶対に親が付き添うこと、みんなと違う色の帽子を被せること、両手に浮き輪をつけることなどを要求され、
腹立たしくもなんとか飲んだのに、
いざプール開きの日に翔子さんより慣れていない子達もプールに入っているのに
「ちょっと待って、金澤さんは入らない!」と先生に止められてしまったこと。

この辺はすごく読んでいて心が痛んだねえ。

うちのUくんはこの先どういう道を歩むかわからんけど、
こうした思いをすることがやっぱ少なからずあるのかなあ…。

でも、

〇人知れず努力を重ねて補助輪なしの自転車に乗れるようになった話や
〇場の空気を察知し、和らげる才能
〇鬼ごっこについていけなくなっても、みんなの動きを目で追って、
友達の立場になりきってハラハラドキドキ楽しめることなどなど、
ほっこりエピソードもいっぱい!

そして来ました!

〇四年生で特殊学級がある学校への転校を余儀なくされての涙の般若心経!

あまりにも有名なエピソードで、
他の本にも散々書かれているから割愛しますが…

書家として花開く

後半は父親の早すぎる死と、

「翔子が二十歳になったら、個展を開いてあげよう。」
という父親の言葉の実現のために銀座書廊で開いた初の個展

翔子さんの書家としての本格的な始まりとなり、
いろんなものを引き寄せ、トントン拍子でいろんな話が舞い込み、

NHK大河ドラマ「平清盛」の題字を書くなど

平清盛

次々に書家として活躍を広げる話もあまりにも有名。

〇東日本大震災の時にテレビを見てショックを受けた翔子さんが
「今すぐ助けに行く」と泣きながら訴えたり、
「お母様、テレビに電話して雪を止めてもらって」と訴えたエピソード。

〇テレビゲームのテニスゲームを夢中にやるけど勝とうとするのではなくて、
相手の取りやすい場所を目がけて打ち、もっと勝てるように際どい所に打て!
とアドバイスすると、相手が取れないと相手が可哀そうでしょう…
と涙ぐむエピソード。

〇席上揮毫の時に最前列のダウン症の赤ちゃんが泣き出してしまい、
周囲に緊張が走ったのに「応援、ありがとう!」の一言で
空気を一気に和ませてしまったエピソード。

純粋さや優しさが溢れるエピソードの数々に頬が緩みほっこりした。

〇鎌倉の建長寺で翔子さんが「風神雷神」と書いたあとのある日のこと、
風雨が激しい荒れた天気で雷鳴が鳴り響いた時に
「雷さんがお礼を言いに来たよ。風さんが“ありがとう”って言ってるよ」
と言ったエピソード。

〇母の書道教室に通う自閉症の子が半年以上も一枚も書かず
室内をふらふら歩き回るだけだったのに、
ある日翔子さんが静かだけどはっきりした声で「書きなさい」と言った途端
席に着き、筆をとり、書き始めたというエピソード。

〇3歳になるけどまだ歩けずお母さんに抱かれていたダウン症の男の子に
翔子さんが「歩ける、歩けるよ、歩ける、歩ける…」と語りかけると、
その場で初めて13歩と歩き、その後も歩くようになったというエピソード。

その他にも何だか神秘的で温かいたくさんのエピソードに心が温まり、ジーンと来た。

金澤翔子さんの母・泰子さんからのメッセージに共感&しびれる!

泰子さんは最後に

ダウン症者は古代から、洋の東西を問わず千人に1人誕生すること、
そして彼らは多かれ少なかれ知的障害や言語障害と言われるいくつかの「遅れ」を持っていることに対し

しかし、この「遅れ」を、生きる上で単純に障害と決めつけることは
できません。ダウン症の特徴をマイナスとだけ捉えることは
おかしなことだと思うからです。

確かに、彼らの行為はすべてにおいて非常にゆっくりと進んでいきます。
それゆえ「障害」と見なされてしまうことが多いのです。
しかし、ほとんどのことは遅くても、いつかは出来るようになります。
彼らは遅いのではなく、ゆっくりと進むのです。

と語る。

そんな翔子は、幼い頃よりよく微笑みました。(中略)
今でも、不満を決して言わず、静かに微笑んでいる翔子。
自分のことで涙を流すことはほとんど無く、翔子が流す涙はいつでも、
他の人の悲しみや痛みのため。
この限りなく優しい笑みと涙はあまりにも尊く、
とても大きなものを内包しているように思えます。
ですから私はどうしてもこのことを語り継いでおきたいのです。

 

どうして神は、古代から延々と地球上のどの地域にも、
この柔らかく温かい命を与えるのか?
そこには重大な意味が無いはずはない。
私は今、ダウン症を障害だとは思っていません。あらゆる生命に分け隔てなく、
深い優しさをむけるその魂は、かけがえのない個性であり、
大いなるプラスの才能です。

このようなダウン症の力が求められる時代が、必ずやって来るでしょう。
対立や競争・戦争、天候不順、経済不安などに満ちて疲弊している現代社会で、
いずれ人々は調和を求めはじめるでしょう。
その時、ダウン症の子供たちが放つ「無償の微笑み」が世界を救うだろう、
と私は予感しています。
本来、人としてあるべき姿。それを翔子たち「ダウン症民族」が
教えてくれているような気がするのです。

 

愛をもって平和を求める翔子の不思議な強い意志と、
その生き方を側でずっと見ていると、この世は愛と平和で成り立っていて、
戦争や対立、勝ち負けなどの思いは人間が作り出した幻想だと思えます。

心に響く数々の言葉。そして本書を読み進めた後だと
なぜかすんなりと納得してしまう、きっとそうなんだと思える自分がいました。

最後の最後に、ジョン・レノンの『イマジン』の世界を例に出し

きっとみんなも、そんな世界を望んでいるはずです。
翔子は、そんな世界に生きています。紙一重のところで広がる世界なのです。

との結び。しびれました!!

読み終えて思った事

まだ、うちの息子・Uくんは幼く、まあ笑顔は最高に素敵なのだけれど、
どんな人になり、どんな才能を発揮するのかはわからないけれども、

今でさえUくんの存在が僕の、僕ら家族の笑顔をつくり、
そしてやがて地域の、日本の、世界の笑顔をつくるヒーローになってくれることは
間違いないので!

これからも、僕は金澤翔子さんのお母さま泰子さんが、
「知的でないものは、美ではない」と言っていたところから、
翔子さんと生きてきた結果、上記のように考えが代わったことを踏まえ、

泰子さんが翔子さんに向けているような愛や尊敬、慈愛の眼差しで、
僕もUくんを見守り、支えていきたいし、Uくんから沢山のことを学んでいきたいし、
そのことを皆さんに伝えていきたいと思いますわ!!

ぜひよかったら皆さんも読んでみてください!なまらおススメです!!

今後もいろんなダウン症関連の書籍を紹介していきます!

こんな感じで、今後も色んなダウン症関連の本を不定期的に紹介していきますね~~!

詳しくはロードマップを作ってみたのでぜひご参照ください!

ダウン症関連書籍 読書レビュー の ロードマップ

なんせ、ネタはすでに50冊以上分ありますからね…(笑)

ちなみにロードマップに載っていない本はまだ読んでいないので、
もしおススメの本などあったら、逆に教えて下さ~い!よろしくお願いします!!